口の利き方からマナーを身に着けてもらうためのマニュアルはこれ

現代の若者たちは敬語が使えません。こう言うと多くの人達がうなずきます。が実は敬語は人間関係能力の発達と深く関わる能力のひとつですから、実は大人だと思っていてもなかなか上手に使いこなせる人はいないのが実情です。

そのような現実を度外視して、若者の能力不足を嘆いても解決になりません。また、敬語が使えないと指摘するのも実りがある行為ではないでしょう。能力の欠如を糾弾するよりは、習得すべき内容をひとつひとつ具体的に指摘する方が現実的に効果します。

特に簡潔に表現するために、関係する言葉を省略するとどこかで意味が決定できなくなります。意味を決定するためにその場のコンテキストを利用して意味を決定しますが、当事者のコンテキストが一致していなければ、誤解を生じます。

必ずと言えるほど直面したのは、ごめんなさいを正しく言えない若者たちです。高学歴な若者に共通しているのは、謝罪と言い訳との混同です。対してまず言いたくなるのは「言い訳をするな」なのですが……。

そこで、言い訳とは何かを説明しようと思うと、はたと困ってしまうはずです。「言い訳とは言い訳だろう」では話が通じなくなってしまいます。実は言い訳とは自己正当化のこと。

謝罪の冒頭で、理由をあれこれ挙げられることで、仕方なかったという意図を主張しているのです。自分は悪くなかったのであって、仕方ない理由があれこれあるのですと、言っているわけです。

理由、それから謝罪の言葉という順序で説明されると、無責任に聞こえたり、往生際が悪く見えたりします。彼らには悪意はありませんし、根拠は正当性を持っている場合もあります。

悪いのは、謝罪する時の説明の順番なのです。まず謝罪の言葉を述べさせる。それに続いて理由を説明させるようにします。できればそれに続けて今後の対策を考えさせましょう。

簡単にできるのは、それを家庭内で十分に訓練を受けることができたことや、友人たちと対面しながら関係を維持したり、破壊したりという交友関係に恵まれていたことの結果です。

年長者になった中高年の世代は、そのような機会に十分恵まれて経験を積むことができたはずです。そしてそのような機会を十分に持てなかったのが、現代の若者世代です。持つものが持たないものをただ責めるのでは、実りを期待できないでしょう。

謝罪や連絡は必要だけれど敬語を間違うと、相手をバカにしているようになるのをどれだけの若者たちが理解しているでしょうか。大きな疑問が残ります。

敬語をその心から解説して指導する必要があるでしょう。単に語彙を置き換えるのが日本の敬語ではないからです。ですから敬語の理解は高度で一朝一夕に習得できる内容ではありませんし、長い実践経験が必要です。一般的で最低限の約束事を押さえましょう。

まず言葉のレベルを丁寧語にするようにします。丁寧語は相手に対する敬意は含みません。だからこそ敬語を効果的に使えるようになります。自分のことを説明するために謙譲語を中心にすると、自分の周辺に対する距離感を喪失してしまいます。

目の前の話し相手に対して敬語を使うという原則を改めて指摘しておくのも必要だと思えます。特に若者の環境では、周囲にいる大人に対してはすべて敬語であるべきだと考える節があるようです。

第三者の行為に主語を省かないように指導します。敬語の能力が低い段階で、第三者まで省いてしまうと意味が不明になるリスクが大きくなるからです。

このようなごく少ない敬語の運用をしっかりと習得できるように指導することで驚くほどコミュニケーションは潤滑になり、若者たちを信頼できる仲間だと理解できるようになるでしょう。