日本全体が、将来に対して不安を感じ、現状に倦怠感を覚える時代です。経済は期待通りに成長しそうもなく、支給される年金は万年不十分な状態を加速させつつあります。

日本が抱える暗い過去を想起する人がいるのも事実です。たしかにそうなのですが、日本の現状を打破するという目標を掲げる以上、さらに活躍できる人材を必要とすることも事実です。

主に女性を念頭に掲げられたように思えるのは、フェミニズム論や待機児童の問題が表面化しているからです。しかし、女性を社会的活力として数えるとしても、女性を社会の一員として負担を掛けるだけでは浅はかだとそしられてもしかたがありません。女性以外にも即戦力がこの日本にいるからです。

中高年のための言葉だ!一億総活躍を正しい意味で理解しよう

かつて「一億総活躍」は誰一人として願わなかった戦争の掛け声に似ていると評価されたことを思い出します。たしかにこの標語は時代を経て受け継がれた痛みの掛け声に似ているからです。

しかし時代が変わっても、戦争が終わったとしても変わってはいけない気持ちもあるはずです。世界全体が幸福になって欲しい、日本を良くしたいという気持ちは、実は戦前から日本人の心に深くあったのであり、現在も変わってはいけないのではないでしょうか。

中高年世代の自慢は日本の経済成長を実現したことです。戦後の日本をどん底から立て直し、平和を求めて行動し、現代日本の礎を作り上げた功績は誰にも否定できないでしょう。

共通して強く持ち続けてきたのはよりよい明日を求める気持ちですよね。その気持を受け継いで持っている世代こそが現代の中高年なのです。しかし、その気持を現代の若者が受け継いでいるかと言えば、きわめて心もとないといわざるをえません。

明日をよりよくしたい、というとてもシンプルで力強い気持ちがなくて、どうしてそれを実現することができるでしょう。ここに現代の若者に対する不安があるといえませんか?よりよい社会でなければ、どうして日本を良くしたいと願った気持ちに報いられるでしょうか。

言い換えれば、日本を良くしたいという気持ちに報いてくれる社会をイメージできるのは中高年であり、一億総活躍という言葉を良い意味で実現するためにひとつの大切なカギを握っているのは中高年なのです。

ゆとり世代ではゴールを思い描く力が足りないのかもしれません

ゆとり教育では他者の共感的理解が教育の中心でした。そのため共感的理解を獲得するのに競争原理を排除してきました。その結果として現代の若者は競争する意識が薄いと言えます。

しかし、高いゴールを達成する最初の手続きは、達成のイメージを持つことなのは常識でしょう。しかし競争を知らない現代の若者たちでは、達成のイメージを持つことはできません。

共感理解が中心にある若者たちではよりよい社会の実現はおぼつかないという結論になります。

目標に向けて頑張る力、品質を高める意欲、自己犠牲の持つ価値、集団で力を合わせる目的や運営、中高年の世代が培ってきた当たり前の能力が必要です。

特別な教育を受けていなくても、中高年の世代が共通して持っているこれらの力を現代の若者に受け渡すことができれば、それはきっと日本を大きく発展させる力を生み出すに違いありません。現代の若者は、経験豊富な中高年を必要としているのです。